業務してない時の亀井 2004.11

本サイトの利用規約・プライバシーポリシー


2004.11.27
またしても先輩Sさんと釣り。マリンピアでまさに入れ食いポイントを発見。
実家に釣った魚を持って帰ってSさんと吉野家に行って実家に帰ったらすでに魚は親の胃袋に入ってますた。
今日ぐらいのサイズだと釣ってても面白い。
マリンピア
左の画像は27日じゃなくて20日に撮ったマリンピア画像。


2004.1126
私の事務所は某大型スーパーの近く、平たくいうとジャスコさんの近くにあるのだが、そのジャスコさんでレジ係をしている方で相当な美人がいる。
その美人を見るがために、不必要なものまで購入し、その方のレジに並ぶという涙ぐましい努力を行っていたのだが、先日、しこたま酔った私は、さらに酔いに追い打ちをかけるべくいつものようにジャスコに酒を買いに行った。

私は酔うとぶつぶつ言ったり踊り出したりする癖があり、そのときも陽気に一人ひげダンスをしつつ、ぶつ仏つぶやきながら店内を練り歩いていると、そこにあのレジ係の美人の目が・・・。

私は酔っていつつも、最後の理性が働きこの醜態をみられてはならないとばかりにレジの死角を練り歩いていたのだが、その日に限って、その美人はレジ係ではなくなにか商品を運んでいらしたようで。


私と目があった美人は危険物をみてしまったと感じた声をかけておかないと危険だ!と考えたのであろう、すでに店のかなり奥まで入っている私に対して「いらっしゃいませ」と笑顔で声をかけてくれたが、その目は明らかに不審者を見るものであった。

そんな条件付き笑顔を向けられた私は、ヨン様なみのほほえみを返せるわけでもなく、視線によって固まった自分の体をなんとかロボットダンスを駆使しつつ動かし、その場から離脱した。あのときほどジェット戦闘機についている緊急避難装置が欲しかった時はなかったことは、いうまでもあるまい。

その後も懲りず、私はその美人のレジの列に並んでいる。懲りない、それは私の長所且つ短所だ。

19:17
実はこのページは本体のサイトとリンクされていない。このために、このページに気づく人は非常にマニア、というか何でここに気づいたの的な謎を持つ人のはずである。


2004.11.25
豪快に犬の糞を踏みしめる。しかも両靴で。左足にはすぐに気がつき、水でながしたのだが、その後事務所に帰ってきてもまだくさい。まさか!と思い、右足を確認するとむしろ左側の靴よりも豪快に。で、それをさらに水でながしたらその水が跳ねて手にかかった。しかしこんなのまだ序の口。

私は結構、糞を踏むことが多い。その中でも最悪の体験が、牛がまき散らしたとしか思えないほかほかのやつ(推定温度33度)を思いっきり踏みしめ、しかも全然気づかないまま車に乗ったら、車の中が激くさ。最初原因がわからなかったのだが、ふとアクセルをみると、そこにはもうねっとりとあれが。当然足下のカバーみたいなやつも糞まみれであり、泣く泣くティッシュでアクセルを拭き、カバーは水洗いと。

しっかし、私は結構いろいろなところに行っていたのだが、徳島以外では糞を踏んだことはない。まあ、徳島にいるのが一番長いのだから、確率的には当たり前かもしれないが、それにしても徳島は糞が多いと思う。山口では一度も糞をみたことがない気がする。
野良犬や野良猫がうろうろしている社会もなかなか良いと思うので糞ぐらい我慢するか。
でも踏んだのが実は人間のだったら嫌だなあ・・・。

16:19 飲酒について
私はタバコは吸わない。しかし、酒は飲む。よくいわれることにタバコは百害あって一利なし、酒は百薬の長、なんつうものがあって、タバコは100%体に悪いが酒は適度に飲めば体に良いから、というのがその理由のようだ。しかし、あくまで私の感覚的統計値ではむしろ早死にするのは酒を飲む人の方ではなかろうかと思わずにいられない。

確かに、適量ならば体にも実際に良いのかもしれない。しかし、「酒を飲む」とわざわざ公言するような人、つまり私のような人が適量しか酒を飲んでいないとは到底考えられない。友人I君は「酒を飲む」が、当然その量は半端ではなく、1日でまずワインを一升、つまり1.8リットル飲んだ後、ウオッカなどを市販の安酒で割り、それを延々飲む。
延々飲むためには時間が必要であり、午後3時ぐらいに彼に電話したら当然のごとくもう飲んでるから外には出られない、との回答が帰ってくることもしばしば。
当然彼は私と同級生ながらすでにアルコールにより肝機能値に異常をきたしており、糖尿のけもある。それでも彼はへこたれず飲み続けているわけだが、そんな彼もタバコは吸わない。

また、酒の場合、直接的な肉体、つまり細胞へのダメージとは別に、酒に酔った事による命の危険が存在する。酒を飲んで酔ったために、喧嘩になったり、穴に落ちたり、UFOにさらわれたりと、酒を飲んで「酔った」ことによる弊害には枚挙にいとまがない。

タバコを吸ってもUFOにはさらわれないことからして、タバコと酒への寿命への影響を考えると酒の場合、アルコールによる細胞への影響と酔うことによる影響をトータルで考えなければならないような気がしている。そしてそのようなことを考えるに、タバコより酒の方が体に悪いだろうという結論に達した。

というわけで、私は一人で酒を飲むのはやめにした。私の職業上、酒を全く飲まない、というのは料理人が味見をしない、というぐらい無茶なことだから0にはできないため、人と一緒なら飲むが、それ以外は飲まないことにする。

てなことを宣言すると、周りの者は亀井なら飲むために人を呼びつけることをいとわない、などという風評被害も目下炸裂中だが、ほんとに飲まないんだって。だからといってタバコももちろん吸いません。


2004.11.23
故中島らもさんの『ガダラの豚』を読了。書評のようなものはこちら。ダウジングを除いたら(ダウジングは私はしたことがないので実際に可能なのか不可能なのかわからないから)、この本に出てくる術のようなものはすべて現実に可能なのではないかと思ったりして。


2004.11.21
県立図書館に行き、本を借りる。ここの図書館の貸出限度額は10冊なのだが、私は常に限度一杯の10冊借りている。このため私をものすごく本を読む人間と勘違いしている人がいるが、実際には借りてきた本をすべて読むわけではない。とりあえず題名で私の気を引く本を借りておき、少し読んで面白くなかったらそのまま読まないで次に借りに行くときに返却する。時間は有限であり、面白くない本を読むような時間などない。


2004.11.17
叔母の四九日があった。私の母の妹=叔母なのだが、妹にもかかわらず母は料理などいろいろ教えてもらっていた。
まさに、いい人ほど早く死ぬ、というのがそのままあてはまり、三ヶ月ほどの闘病生活で入院直後から意識を失うぎりぎりぐらいまで見舞い等に来てくれていた人などを気遣っていたようだ。病気が発覚した時点ですでに長くないと診断されており、家族は叔母に対しては大まかな病名は伝えていたが助からないことは秘密にしていた。

このように叔母は自分が長くないことは直接的には誰からも知らされていなかったのだが、入院当初、見舞時に、一部では有名な修理費が購入価格を超えつつある私の愛車の話をしていると、叔母が私にたいして自分の車を私にあげようかともらしたことから、すでにこの頃から叔母は自分が退院してまた自分の車に乗る時が来ることはないと知っているのだと感じた。

このように、叔母自身、不治の病であると知っていたのだが、親戚などには気を遣い叔母は自分が助からないことを知っていない振りをして明るく話し、またまわりに気力を与えるため精神力でまるで病状が良くなって行くがごとくの振る舞いもした。亡くなる二.三日前など、それまで意識を失っており手を挙げることさえできないような状態だったにもかかわらずむくっと起きあがり、食事をとったりさえした。

また、最期は薬の副作用で非常に苦しみそれはまわりでみている者もつらくなるほどで、病気の進行も伴って体力があまりにも削られてしまい、医者から体力を持たせるために投薬を中断した方がよいかもしれないとの意見もでたのだが、日中意識を失い、目が覚めても意識が混濁している中、ほとんど聞き取れないような声で時計をみせてと告げたとき、当初我々はなぜ時間を気にするのかわからなかったが、それがあれほどの副作用をうんでいる投薬をするための時間を計っているのだとわかったとき、その生への渇望を思い知らされた気がした。

主治医はセカンドオピニオンに対しても理解のある方だったため、資料を借りて他都府県で高度治療を行っていると有名な病院にも病状についての意見を求めにいったりしたのだが、仮にそこで入院したとしてもすでに行っているのと同じ治療をすると告げられた。また、様々な文献にも当たったが、この病気は日本人が世界的にみても多く罹患する病であり、そのためにこの病に関しては日本が世界で一番技術があることもわかり、あの時点ではベストの治療を行ってくれていたように素人ながら思う。

にもかかわらず最終的には亡くなってしまったわけだが、だからといってあの治療と叔母の頑張りが無駄だったとは思わない。
あの闘病生活をみた者はまだまだあの死を咀嚼できないだろうが、いつか自分に苦しくなったとき、あきらめずに踏ん張らなければならない義務のようなものを感じるだろう。死が他人に影響を与える限り、生についてあきらめないのは死にゆく者の義務のような気がする。

それにしてもすごい人だった。


2004.11.15
仕事の合間に意識が飛ぶごとく睡眠。なんとなく居眠りは時間がもったいないようにも思うが、やはり水木先生のおっしゃるとおり、寝ないと長生きできないのではないかとの考えにより近頃眠りたいだけ眠る生活を続けている。どれだけ仕事しても金稼いでも(まあ私は両方ともたいしたことがないわけですが・・・)死んだら意味無い。このあたり居眠りがまるでさぼっているかのごとく受け取られる勤め人の人は可哀想だなあとか思ったり。でも私も相談の電話で起こされるから同じか。

夜、チャットで先輩と明日の早朝、一緒に釣りに向かうためのアポイントメント。今度こそ釣るぞゴラァ!


2004.11.14
23:44
リベンジというわけで、またしても竿を1時間ばかり振りに行っていた。今日はマリンピア。しっかし全く当たりさえこない。何となく切なくなる。昨日の奇妙な中学生さえ釣れないときは話し相手にちょうどいいのではないかとさえ。

その後、高知競馬が作ったパルス藍住にて2レースかけるも惨敗。
私はほとんどギャンブルをやらない。パチンコ・パチスロは学生時代店員までしていたが、むしろ店員だったからこそやる気がしない。あれは時間を使いすぎてしまう。また、ずっと座っていると腰が痛くなる。
競輪競馬等は友人とそれこそ年に2.3回ぐらいするだけだ。こっちの方は前売りさえ買ってしまえばいつ帰っても問題ないし、うろうろすることもできる。
このうろうろする行為は私の人生にとってかなり重要な時間であり、特に受験勉強をしていた中学や高校の頃はよくうろうろしていたものである。
この単にうろうろとする行為は使っているのは足にもかかわらず脳のこりをほぐす効果があるように思う。また、うろうろしていると怪しげな人々、たとえば公園で10人ぐらいが輪になってUFOを呼んでいる儀式を目撃したり、実は電源が入っていないのに携帯電話で電話をしている振りを行う人を目撃したりする。
こういう人たちを発見するとラッキーと思ってしまうのは私だけなのだろうか。


2004.11.13

1:30
日記のようなものを書いてみることにした。
ネット上でblogがこれほどまでに流行っているにもかかわらずなぜこのように読者との交流を拒否した形式を私はとるのか。さらにはコラムがあるのに日記など書く必要があるのか。またはコラムとこれはどう違うのか。こんなのを新たに作る暇があるのなら、すでに原稿があるにもかかわらず発行していないメルマガを出すべきではないのか。メルマガ主催の懸賞にこれほどの情熱をもって取り組んでいるのになぜ全く当たらないのか。なぜ、事務所でおならをしていないにもかかわらず急激に匂いが充満するときがあるのか。あれはバイオテロなのか。お客がいないときだからいいようなものの、来客時にあんな状況になったらどうやってお客の熱い視線をかわせばいいのか。

考えれば考えるほど、この日記のようなものは本日をもって終わる可能性を多分に秘めている。
しかし、私は本質的に何も考えないため、何となくで始めてしまうところがある。まあ続いたら続いたでいいし、続かなかったら元々無かったことにしてしまおう。

17:41
コラムとの違いを出すとの名目で、この日記は推敲なしで書くことにした。しかし普段から脳内であらぬ情報が錯綜しているような私が推敲なしで書いた文章を読みたいと思うような人がいるんだろうか。

てなことを考えながら、かちどき橋のふもとで2時間ばかり竿を振っていた。しかし全く釣果無し。そこに釣り好きと名乗る中学生が一人現れて話しかけてくる。ルアー釣りをやっている私にたいして彼はさかんにルアーにえさをつけろと言う。しかし、それでは一体何のためにルアーをしているのかわからない。どうやら彼はルアーでの釣りをしたことがないようで、落とし込みこそ最強の釣法であると譲らないまま、彼はまた自転車に乗って去っていった。徳島には不思議な人間が他県より多いのではないかと思う。