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それは私がみぞれ鍋を食べてさて、ちと仕事でもするかとメールソフトを起動したときでした。
件名「あけましておめでとうございます」との題で見慣れないアドレスからメールが届いておりました。お客様か同業者からの年賀メールかなと思って本文を読みますと「とにかくわしのことをコラムに書きなさい!」と。
えぇえぇ、私もいろんな知り合いがいますが、一人称が「わし」で、自らこのコラムに載りたがる男など一人しかいません。以前、コラム第37回で書いた中西裕一という男を皆さんご記憶されているでしょうか。そうパンクラスでプロ格闘家として戦っている私の高校時代の柔道部の後輩、その男です!
| とりあえず書けと言われれば書かざるを得ません。そこで今回は中西裕一君の高校時代の逸話など書いていきたいと思います。 彼は入部したときからだいぶアレな感じでした。私とのファーストコンタクトは部室だったわけですが、私が部室に入りますと見慣れない体の大きな男が銀玉鉄砲を乱射中。 これをみたとき、私は徳島市立高校柔道部に超大型新人(もちろんアレな意味で)キタ━━━(゚∀゚ )━━━!!!!と直感したのです! 彼は私が高校三年だったときに高校一年であり、つまりは学校では1年しか一緒に居なかった訳なんですが、我が柔道部は非常に先輩後輩の絆が強く、というか、卒業しても部室に遊びに行ったり柔道しにいったりしている間に彼はどんどんモンスターへと成長していきました。 |
それを箇条式に書いていきますと、
◇ある日、高校の検尿検査がありました。中西はその検尿に徳島が誇る健康清涼飲料水、オロナミン○を入れ、学校に提出。当然保健所から明らかに異常がある尿の持ち主がいると学校に連絡。当然教師ぶち切れ。中西を呼び出して事情を聞く教師に向かって中西は言いました
「わし、糖尿ですから」
◇柔道部の部室がある武道館のトイレは誰も使っておりませんでした。そこを有効利用するために私の先輩が大の方に小さないすを持ち込み、まず学校に朝時間通りに到着した後、教室に向かわずそのまま武道館に行き、部活が始まる時間までそのトイレに隠れてずっと本を読んでいました。なんでその先輩が出席日数が足りたのかいまだに謎なんですが、それはさておき、その逸話を聞いた中西も同様にトイレでさぼるようになりました。
しかし、トイレがあまりに閉塞空間だったため、精神的に耐えられなくなった彼は自分で窓の絵を描き、それをトイレの個室の壁に貼ることによってその精神の安定を保とうとしていました。
そんな努力が実ったのか、彼が卒業するころにはトイレは完全に彼個人のもち部屋と化しており、どこからかソファーとラジカセ・凧等をトイレに持ち込みとんでもないリラックス空間を演出していました。
そんな彼の個室も彼の卒業と同時に即撤去。なぜ彼の卒業まで撤去が待たれていたのかはやはり謎です。
◇私の一つ下の後輩、つまり中西にとっては一つ上の先輩の卒業式のこと。卒業式の時って、部活をしたことがある人ならわかると思うんですが、先輩に後輩が色紙とか花束贈呈とかするじゃないですか。そこで彼が先輩のために用意したのは・・・
葬式の花輪(レンタル料1万円)
しかもその花輪に今は無きマイナープロレス団体からと書き、なぜかその花輪の中に私(亀井)の名前も。つうか俺、卒業式の一年前に卒業してるって!しかも実際に卒業する中西にとっての先輩の名前も、少しずつ字が間違っており・・・。
まだまだ彼の逸話は尽きないのですが、なにせ世の中には書けることと書けないことがあります。
なんつうか、彼も有名人でしょ。下手なこと書くとまたラジオとかで私のこと言われそうなので自主規制と。
まあそこら辺はいつか彼自身が口を開くかもしれません。
そんな彼も今ではまじめになっており・・・なんてことは全くなく、今の格闘技界でかぶり物での入場といえば、中西か桜庭選手といわれるぐらいの勢いです。
ここまで読んで頂くと、単なるお笑い格闘家みたいですが、格闘家としての評価はかなり高いみたいですので、お時間があれば一度彼の試合を実際に見に行ってみてください。なかなかおもしろいもんですよ。
2005.1.10