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第42回: 大学時代の思い出 九州旅行その3 
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思わぬ事から泊めてもらったご家庭から出発した私は、一路進路を西へととりました。この日はこの旅行の中でも非常に晴れており、紫外線に皮膚を貫かれながらもがしがしと自転車をこぎ、福岡市内を抜け、佐賀県まで入りました。

佐賀県にはいるとすぐ、やたらと竹が生えているエリアをとおることに。名前は忘れてしまいましたが、たぶん観光名所だと思われ、パンダはいないのですが、昨日あれだけ雨が降ったというのにそこでキャンプをしている人が結構な数いました。

平日だというのにこいつらなんでキャンプなんてはってんだと、自分のことを棚に上げながら日本の将来を憂いつつ、さらにその竹エリアを抜け、延々と自転車をこぎ、小さな神社を発見したため、そこで、泊めてくれた人が握ってくれたキャビア入りおにぎりを食することになりました。

蛇足ですが私は某知り合いとこの前食事をしたとき、なぜかこのときの体験をすっかり忘れており、自分は初めてキャビアを食べるのだというようなことを言ってましたが、実はこの6年も前に普通ではあり得ないようなレシピでキャビアを食しておりました。

そんな本当にどうでもいいことはさておき、お腹もふくれパワーがみなぎった私は進路を伊万里市へと向けました。といっても計画的に伊万里市に行こうと思ったわけでもなく、唐津市というところまで行くも良さそうな睡眠場所がなかったため、とりあえず伊万里まで行ってみるかという安易な気分ででしたが。

伊万里市はさすがに伊万里焼の本場だけあって、標識さえ伊万里焼でした。確か私のつたない記憶では○○から何キロと書いてあった標識も伊万里焼でした。あれって結構お金かかってるんじゃないかと思います。
私がこの標識さえ伊万里焼という話をすると、いつも私の嘘だと思われてしまって心外なのですが、伊万里市に住んでいる人は当たり前すぎてたぶん誰も気にしてないだろうと思われるぐらい、本当に標識が伊万里焼なのです。たとえるなら、徳島の人は結婚式になると本当にみんなで阿波踊りを踊る事があるのと同じぐらい県外の人にとっては不可思議きわまりないが、そこに住んでいる人にとっては結構普通なことなのです(たぶん)。

そんな伊万里市に入ると、なかなか手頃な公園を発見しました。そこは川を挟んで伊万里高校が見える公園で、どうも工事中でありここなら人も来ないであろうと判断した私は野宿するためのいつもの儀式に取りかかりました。

私は小動物のように臆病なため、野外でねるときは常にお金や貴重品をとられるのではないかという恐怖を感じています。そこで私が編み出した方法として、財布や携帯など、小さい貴重品はすべて股間に入れておき、その他の鞄などを枕にしてねるということです。こうすることによりどんなに鈍感な私でもねているときに股間をまさぐられたら飛び起きるであろうという細やか且つしなやかな配慮がこの方法には随所に見られます。

こうしてすっかり安心を手に入れた私は心おきなくねようと思ったんですが・・・。
この細やか且つしなやかな方法により手に入れるはずの睡眠は、股間の小刻みな振動により破られました。

メールによる携帯のバイブ機能のせいです。
なぜかこのとき、私はやたらメールしてくる友達が多く、正直携帯の電池は持つのかというぐらい、ガンガンに私の股間を振動させます。まさに次から次にメールが入り、寝そうになったら振動というヒットアンドウェイ方式。モハメド・アリさながらの蝶のように舞い蜂のように私の股間を刺激する携帯の振動機能にノックアウト寸前。脳内アリに対して、果敢にジャブを繰り出していた私でしたが「The Greatest」アリに私が勝てるわけもなく、さらに快感を覚えた私は不快感を覚えた私は、とりあえず寝ている間は電源を切ることにしました。
アリよ永遠なれ。*1

するとまたしても「ぶーん、ぶーん」というバイブ機能の音が。電源を切ったのにこの音は、すわ、心霊現象か!?とか思うわけもなく、山と川に挟まれた公園であったため、大量の蚊が私に襲いかかってきたのです。

どうもこの場所が寝るにははなはだ不適格であると感じた私は、未だ午後5時程度であることを時計で確認し、とりあえず山を越えて長崎県佐世保市を目指すことにしました。それがあのような事態をうむとは・・・。あれほど晴れ渡っていた空は、いつの間にか雲が出始めていました・・・続く

h16.9.7

*1 もうほんとにまさにどうでもいいことですが、「猪木ボンバイエ」は元々アリの自伝映画曲「アリ・ボンバイエ」であり、アリがアントニオ猪木氏と格闘技世界一決定戦を行ったことにより贈り、それをちょっとアレンジした曲です。