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学生の皆さんは年々就職内定時期が早まっていると言われつつも、まだまだ頑張っている方もいらっしゃると思います。残り物には福来たるで、案外遅めに決まった方が自分に合った職場を見つけれるかもしれません。あきらめずに頑張ってください。てなことを書きながら私自身は大学生の時には就職活動をしませんでした。
私の場合いきなり行政書士を開業したものですから、就職活動体験というのが全くありませんで、大学の友人達の話にもついていけないところがありました。そこで意を決した私は、この就職活動体験をするために、行政書士事務所の所長でありながら、地元のT島新聞社の入社試験(新聞記者コース)を受験したのです。そこには就職体験をしたことがないからこそ起こる勘違いが多数存在したのです!!
このT島新聞社の試験を受けてみようかなと思ったのは事務所を開業して2ヶ月ぐらいしか経たない頃でした。開業当初仕事があまりはこなく暇だった私は新聞記者募集の記事を発見し、経験作りのために受けてみることにしたのです。
目的が経験作りのため、最初の筆記試験も全く勉強せずに試験日の朝を迎えたのですが、朝、T島新聞社前に親に車で送っていってもらうと、会場には何百人ものリクルートスーツを着た若人達がまじめに試験攻略本のような問題集を読んでいるのです。リクルーター達は基本的に紺のスーツに真っ黒な髪。しかし、私はいつもの仕事の調子で、縦筋の入ったおそよかたぎとは思えないスーツに髪型といえば丸坊主(しかも5厘)。会場に入った瞬間から、試験監督の熱い視線を一心に浴びておりました。元来負けず嫌いな私は、他の受験生には負けれんばいとばかりに、持ってきた、いつもは仕事に使っている鞄の中に入っている「建設業許可の手引き」を読みつつ、周りににらみをきかせておりました。
その後、試験監督の熱い視線は筆記試験中も続くも、採点官が間違ったのか、とりあえずにぎわいに変なやつも混ぜておこうと見えない力が働いたのか、後日まさかの筆記試験合格通知が届きました。
そして、怒濤の面接編へ!
面接日前日、こりゃ気合いを入れていかねばと、事務所にあるバリカンでさらに頭を刈り上げた私は、頭をてかてかさせながら面接会場であるT島新聞本社へ向かいました。受験番号が早かったのが原因か、T島新聞が早く私を帰らそうと思ったのが原因か、面接は私たちのグループが一番最初に行われました。面接時間が来るまでの間、面接会場である会議室の横の待機室、普段は応接室として使われているであろう高そうなソファや人形浄瑠璃の木偶が飾ってある部屋で待っておりました。
私のイメージでは新聞記者とは、事件は編集室で起こってるんじゃない!、現場で起こってるんだ!!という現場主義な人たち。となると、この面接とはその新聞記者の現場主義が試されている!と感じた私は、この待機室においてある木偶の表情、柄、壺の数、ソファの数など、およそ覚えられるものはすべて覚えることに徹してしました。新聞記者は一瞬で現場の状況を覚え、そして表現できなければならないと。この部屋のことが面接の質問にでると確信していた私は、ほかの受験生が緊張した面持ちで面接攻略本を読んでいる中、この勝負もらった!と一人悦に入っておりました。
T島新聞社の幹部と思われる方がずらっと並んだ会議室に移って面接が始まった私は、いつあの部屋の再現の話がでるんだとわくわくしておりましたが、まるで高校受験の面接のように聞かれる話は新聞記者の志望理由やこれまで一番つらかったことなど普通のことばかり。拍子抜けしてしまった私は、思わず自分の一人称を「ぼく○○は・・・」とか口走ってみたり、来年度新卒の方ばかりが受けている試験で一人社会人、しかも行政書士な私に質問が集中する中、だんだん調子づいて饒舌になっていき聞かれてもないのに自説の徳島県改革まで語り出す始末。
最後に受験生全員に面接官の方から「みなさんは新聞記者志望ということで受験されていらっしゃいますが、もし採用になるもそれが総務など記者以外の部門であった場合は入社なさりますか」
との質問があり、私以外ほかの受験生全員、「それでもT島新聞に入らせていただきます」と答える中、私は実は就職活動体験したかっただけにもかかわらず「私を新聞記者以外で採用する気なら採用して頂かなくて結構です」との暴言を吐き面接を終了しました。
その後、適性検査があり別の会場へ。この適性検査こそ、記憶していたあの部屋の状況を表現するもの・・・では当然なく、自動車免許の適正検査のようなことを行いました。私は教習所に通っていたときに、適性検査で教習生の中で一人だけ運転に向かないとの結果をたたき出した経験があり、あの教習所教官の「普通、適性検査は皆さん運転適格とでますから・・・、あれ、一人だけ違う人もいるみたいですが」などという言葉が頭の中をぐるんぐるん回りながら適性検査を終えました。
当然ながらこの面接は落ちていたわけですが、これは面接がだめだったのか、適性検査がだめだったのか謎ですが、私のたった一度の就職活動体験は終わりを告げたのです。私以外の受験生はとてもまじめそうな人ばかりで、新聞というのはお堅い人がまじめに考えて紙面を作っていると体感し、こりゃ私はお呼びじゃないわなと。
ちょっと話を変えまして。
このT島新聞社、ここは法人形態としては社団法人で活動しています。他の新聞社も株式会社形態をとっていたとしても、株式の流通を制限していて株を公開しておらず実質的には少数の方が株を持っているだけのことが多いです。これは新聞という公平性を求められる情報形態においては、株式を公開し、結果その株が取材先に取得されることにより取材活動が制限されることを防ぐために行われています。社団法人も流通制限のある株式会社形態も結局は公平性を求められた結果といえます。
このようにT島新聞のような社団法人は、営利を求める株式会社などの法人とは違い、社会的に意義のあるものに対して監督官庁が許可を与えて初めて成立する法人形態です。ただ、この社団法人、法人格の取得に長い時間がかかり、また官庁の許可がいるということで、この権限を利用して官僚が自分たちの天下り先だけをぱっぱと許可しているという批判が起こってから、日本でも法人格を取得しやすいNPO法人という制度ができました。これはこれまでの法人格に比べて格段に法人格が取得しやすい制度でして、これからの日本ではNPO形態の新聞社・テレビ局・ラジオ局などがでてくるのではないかなと思います。むしろ、NPOは非営利という趣旨は報道の公平性の求めやすい制度なので、いっそ会社があなたを雇わないなら自分でNPOで報道機関を起業してみては?と、これから報道系に就職活動を考えられている方に提案しつつ、私が入れるような新聞社の成立を待ちわびている次第です。でも、もしできたとしてもやっぱり私は行政書士をするでしょうけど。
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